休職延長の決断の先に見えたもの

適応障害体験記

休職とキャリア

診察の翌日、今日は休職延長の申請をしなければなりません。
医師から延長の話をされたとき、もう少し休めることに少しほっとしたのは事実でしたが、同時に一つ気がかりもありました。

それは休職の延長をした場合、元の仕事にはもう戻れないだろうことです。

1ヶ月程度の休みであればもとに戻って働くことはイメージ出来ますが、3ヶ月以上の空白が生じるのであれば組織は当然ながら対策を講じます。

元々幹部レベルの平均勤続年数が極端に短い会社です。
あっという間に私が居ないこと前提の組織ができあがることでしょう。

もう元には戻れないことを覚悟しなければなりません。

この会社で復職したとしても、給与も地位も大きく下がり、勤務場所も変わるでしょう。
休職に入る決断を下して一ヶ月ほど、またしても次の覚悟を決めるときがきてしまいました。

休職延長の申請

それでも休職延長の意志を固めた私は上司に連絡を入れることにしました。
その日上司のスケジュールを確認したところ終日会議が入っていたためまずはメールで連絡をしました。

いや、本当はスケジュールを言い訳に電話を避けてメールにしました。

連絡することを考えただけで言いようもない不安に襲われて動悸が激しくなりどうしても電話ができなかったのです。延長の話をしたら何と言われるか、仕事に戻れと指示されたら何と返答すれば正解なのか。
色々と頭でシミュレーションしてみるのですが何度考えてもわかりませんでした。

伝えたいことだけを箇条書きで書き出し、AIにメール文を作ってもらいました。
自分でメールの文章すらまとめることはできなかったのです。

しかしこれでも責任者としてやってきた私、さすがにメールだけで済ますわけにはいかないとの思いから「あとで電話します」と一言添え、逃げ道を残しておきました。

夕方には電話しよう。
絶対に電話しよう。

そう自分に言い聞かせて。

上司からの思いがけない返信

メールを送信して数時間後、まだ電話を掛ける前に返信がありました。

休職の延長は了承すること。
1ヶ月で戻れるとは思っていなかったので気にすることはないこと。
電話連絡も不要であること。

以上が書かれていました。

休職期間の延長があっさりと認められたことにほっとした反面、やはり私がいなくても問題無い体制作りは既に進めているのだなと感じ、気分はまた重くなりました。

この歳まで長時間労働に耐え必死に働いてきました。
入社して数年で一般的なキャリアのルートから外れて様々な部署を渡り歩いてきました。
結果的にそれが経験や出世につながったため運が良かったのでしょうが、その分苦労もかなりしました。

そうして積み上げてきたキャリアが今終わったかもしれません。

以前から考えていた転職という手段が現実味を持ってきました。

そういったことを考えているうちに、またどうしようもない不安に襲われて動悸が激しくなってきました。

病状は悪化したかもしれません。

夜に訪れた焦りと小さな決意

その日の夜、不安に襲われながら私は改めて考えました。

やはりこの会社でのキャリアが終わったことは覚悟しなければなりません。
給料や仕事内容を自分の理想に戻すには転職は避けて通れないかもしれません。

休職前にも転職を考えていましたが、その時は職務経歴書を書くことができませんでした。
当時はなぜ書けないかわからなかったのですが、今ならわかります。

適応障害の影響で頭が回っていなかったのです。

そして今もたぶん書けないでしょう。
なんせ本の一冊も読むことができないのですから。

運良く面接に進んだとしても質問に対して適切な回答ができる自身は全くありません。
採用される可能性は無いでしょう。
今時点で希望する転職を決められる可能性はゼロです。
今は一刻も早く病気からの回復、頭の回転を戻さなければなりません。

こうなったからには完全に直すところまで休もう。

その夜もう一度そう深く決心しました。

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