2回目の診察で言われた一言「休職しますか」

適応障害体験記

2回目の診察

初めての診察から1週間、驚くほど気分は楽になっていました。
仕事が調子よく進んだのは月曜日の朝2時間だけでしたが、他の時間についても以前に比べると大分ましになったと感じます。
このまま行けば改善していくのではないかと思い2回目の診察に向かいます。

医師には、気分が良くなったこと、月曜日の朝は頭も回ったこと、頓服薬を飲むと気分が落ち着くこと、そして全体として改善傾向にあることを話しました。

とにかく気分が楽になれたことが嬉しくて次は頭が回るようになってほしいとの話をしました。

「休職しますか?」医師から返ってきた答えです。

「えっ、先週が休職一歩手前でそこから大分良くなったのに?」

頭の中で疑問符がいくつも浮かびました。意味が分かりませんでした。

なぜ良くなったのに休職を勧められるのでしょうか。

休職という選択肢

医師の話によると思考抑制(頭が回らなくて仕事ができないことをこう表現する)が強く治療が必要。薬を飲んでも普段通りの仕事ができないほど脳の反応が悪いのであれば、それはもう休養が必要なレベルであるとのことでした。

さて前回の診察で「休職は必要無い」と言われてショックを受けた私でしたが、いざ休職を勧められるとそれはそれで素直に休む気にはなれませんでした。

なぜなら私は社内では(割と上の方の)中間管理職という地位にあり背負っている責任も小さくないからです。
達成すべき目標もあり抱えている課題も山積みです。
年齢的にも若手、中堅を飛び越した立場です。

そんな立場にある私が無責任に1ヶ月など休むわけにはいきません。
もし私のような立場の人が仕事を休むときが来たとしたら、それは会社を辞めるときです。

今思うと滑稽ですが当時はそう強く思い込んでいました。

休むことは今の立場を全うできずに実力不足で負けることだと思っていました。
身勝手な上司のパワハラに負けて屈することだと思っていました。

そんなことは絶対に嫌だったのです。

自分はこんなことで負けるはずがありません。頑張れば絶対にできるはずです。

医師には半分諭されるように休職の選択肢について話がありましたが、私が断ると以後あまり強くは勧めて来ませんでした。

来週には薬の効果がもう少し出てくるはずだからもう一週様子を見ようとのことでその日の診察が終わりました。

車の運転

診察が終わり帰宅しましたがなんだか少し落ち着きません。
思いがけず休職を勧められ自分の中で整理がついていなかったのです。
悶々とする中で気付くと車のキーを手にしていました。

プロフィールにも書いていますが私の趣味は(長距離)ドライブです。
神奈川の自宅から北は本州最北端の大間崎、西は九州の門司港まで下道だけで出かけるほどで、道中は観光地を回るわけでもなくご当地グルメを食べるわけでもなく、ひたすら運転を続けることが趣味なのです。

しかしここ最近は頭が回らないことから咄嗟の判断に自信が持てず運転は控えていました。
公共交通機関だけでも生活には困らない場所に住んでいるため、かれこれ2ヶ月ほど運転はしていません。

久しぶりに愛車のエンジンをかけ首都高に向かいます。

首都高は短い間隔で出入り口や合流分岐が左右両方に存在し走り辛い道路として知られています。
みなさんの中にも怖いイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
しかし一度慣れてしまえば実はわかりやすい作りをしており、夜は夜景も綺麗で車も少なく気分転換にはぴったりです。

その日も自分の中でいくつかある首都高ドライブコースの中から夜景が綺麗なルートを選択して走っていました。

何度かの合流や分岐を経由してC1都心環状線に入ります。

やっぱりだめだ!

なぜかスムーズに走ることができません。
いつもなら何も考えず自然にできる合流で何度か慌てることがありました。

なぜだろう・・・今までどうやって走っていたのかわかりません。

頭がパンパンに詰まっている感覚もあり、判断がワンテンポ遅れているように感じます。
いつも何気なくやっている確認作業も強く意識を向けていないとできません。

お気に入りのドライブコースを回る余裕は無く、そのままC1都心環状線を一周して戻ってきました。
それだけでかなりの気力を消費し疲れ切ってしまいました。

やはり運転はしばらく控えた方が良さそうです。

これも休まないと治らないのだろうか。

「休職」という言葉を強く意識し始めました。

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